2017年05月08日

3月 東北屈指の古陶磁、会津本郷焼


仏都発祥の歴史エリア。
会津美里町の窯郷を訪ねて。

2017年3月某日

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12美里町風景03s.jpg15美里町風景07s.jpg13美里町風景04s.jpg

 会津は平安時代、磐梯山の裾に庵を構えた徳一大師による仏教文化が花開いた地で、“日本五大仏都”のひとつだ。中でも会津若松市の東、その名の通り豊かな森と阿賀川がもたらす肥沃な丘陵が広がる会津美里町は、会津誕生の起源である「伊佐須美(いさすみ)神社」をはじめ、歴史を物語る時代遺構や仏像が数多く残されている。
 江戸と会津を結ぶ下野街道の街道筋として栄えた会津美里町は、東北最古の窯場で、全国的にも珍しく陶器と磁器が共に作られた会津本郷エリアと、由緒ある寺社仏閣が点在する会津高田エリアに分かれ、本郷には今なお14軒の窯元がある。
 蒲生氏郷が1593(文禄2)年、若松城(鶴ヶ城)の城郭修理の屋根瓦を焼かせたことに始まる“会津本郷焼”は、1647(正保4)年、保科正之が尾張国(愛知県)瀬戸から招いた陶工、水野源左衛門によって村内に陶土が発見され製造が本格化。一方、磁器は1,800年、命懸けで有田(佐賀県)に潜入した佐藤伊兵衛によって、会津の冬に耐える堅牢な赤瓦が開発された。以来、会津本郷は藩用窯となり、水野源左衛門と佐藤伊兵衛は陶祖、磁祖とされている。
 窯元は町のメインストリートである“せとまち通り”周辺に集中。工房巡りにはレンタサイクルもあるが、時間があるならぜひ町並みを歩いて回るのがおすすめだ。辻を入れば、そこには入り組んだ路地が張り巡らされ、磁器の石膏型が並ぶ工房を縫うように阿賀川から引水した水路が風情ある景色を奏でている。道沿いの土蔵は、会津の凍てつく冬の寒さから陶工を守る細工場の名残。暗い室内でも手元に明かりが届くよう、窓が低い位置に設けられているのだという。

34常勝寺01s.jpg29宗像窯09s.jpg22宗像窯03s.jpg27宗像窯02にしん鉢s.jpg
30登り窯04五地蔵s.jpg31登り窯02s.jpg33美里町眺望02s.jpg

火の神との対話に生まれる
伝統美を護る名窯、宗像窯。

 1719(享保4)年の創窯で、東北最古の登り窯を持つ「宗像(むなかた)窯」は、せとまち通りを少し入った奥、陶祖と磁祖が祀られた常勝寺の手前にある。窯では地元で採れる“的場陶土(まとばとうど)”に伝統の飴釉や白釉を使い、素焼きをせず直接生地に釉薬掛けする“生掛け”という技法で今も作品を作り続けている。美しい紫色に発色した白釉の奥行ある色合いと、手に馴染む程よい量感は風土と共鳴する情感に溢れている。現当主の宗像利浩さんは8代目。伺えばご先祖は福岡県宗像大社の神官で、布教の傍らこの地で窯を始めたのが由来だという。そんなご当主から「陶芸は火の神様との対話です」とお話を伺えば、なんとも深い。
 ところで、宗像窯で忘れてはならないのが「鰊鉢(にしんばち)」だ。会津の郷土料理で保存食である“鰊の山椒漬け”のために作られた箱型の素朴な飴釉鉢は、1958(昭和33)年のブリュッセル万国博覧会で見事グランプリを受賞し、会津本郷焼の名を一躍世界に知らしめた。5枚の板を貼り合わせる伝統の“たたら技法”で作られる鰊鉢は、現在はこの宗像窯のみ。“ろくろ”が神聖視された時代、鰊鉢の作陶は女性の仕事とされ、窯では今なお奥様の眞理子さんがこれを受け継いでいる。
 「登り窯もどうぞ、ご覧になってください」と促され、工房の裏手、“五地蔵”が迎える観音山を少し登った先にある登り窯へ。江戸中期の築造とされる窯は幅約5m、奥行約20m。先の大震災で一部倒壊したものの、2003(平成15)年、有志の尽力で復興し、今も数年に一度、神事としての焼成が行われてる。そこから更に坂道を登った高台からは、遠く雪をいただく山並みを背景に、明治から大正初期にかけ東北の陶産地として栄えた本郷の町並みが、今はただ静かで美しい早春に包まれていた。

53流紋焼17s.jpg42流紋焼10s.jpg45流紋焼14s.jpg46流紋焼11s.jpg
47流紋焼12碍子s.jpg38流紋焼01s.jpg41流紋焼07s.jpg50流紋焼05s.jpg

本郷最大の窯元愉しむ、
大人の工場見学。

 続いて向かった「流紋(りゅうもん)焼」は、陶器と磁器の双方を作陶している大手窯元。この窯では工房内を順路に沿って巡る工場見学ができる。個人客なら予約は不要だ。実はここ、私のようなマニアにはたまらない国内屈指の“碍子(がいし)”の製陶窯(笑)!碍子は電線を支柱等に固定する磁器製の絶縁体だ。流紋焼はもともとこの碍子製陶から始まった窯で、今もなお高い技術による多彩な形状の碍子を作り続けている。
 広い工房内は焼成を待つ作品がズラリと並ぶ圧巻のスケール。黙々と作業する職人たちの手元を興味深く見て進んだ先に…あった!玉碍子だ!(笑)。ちょうど“磨き”の工程だろうか。大きな機械の姿もある作業場で、一つひとつ両手で愛おしむように仕上げられるその姿に思わず感動(笑)!
 工房には物販コーナーもあり、芸術的なオブジェから工房直売のお得な生活雑器まで豊富な商品が揃う。ちなみに“流紋”の名は、器に施した釉薬が高熱の窯の中で溶け流れてできる姿に由来。大手とはいえ、すべての作品はそれぞれ表情が異なる一点もの。直に手にとり、自分との相性をじっくり吟味するだけでも、時を忘れる楽しさに会える。

68富三窯19s.jpg56富三窯03s.jpg59富三窯10s.jpg55富三窯02s.jpg
63富三窯14s.jpg65富三窯16大久保陶石s.jpg80樹ノ音工房13s.jpg73樹ノ音工房03s.jpg
70樹ノ音工房11s.jpg74樹ノ音工房06s.jpg75樹ノ音工房08s.jpg82会津美里町インフォメーションセンターs.jpg82本郷焼資料館01s.jpg85本郷焼資料館06s.jpg89いわたて01s.jpg

こだわりの手仕事が放つ
個性と感性に出会う喜び。

 “椿の富三”と呼ばれる鮮烈な赤い椿の絵柄で愛される「富三(とみぞう)窯」も、明治初期から続く由緒ある窯元だ。入口に磁器の材料である“大久保陶石”が飾られたギャラリーは、販売をはじめ、歴代陶工の作品を展示する資料館も兼ねている。ここは会津磁器の伝統である急須などの袋物(ふくろもの)でも人気だ。ご案内くださった当主のご母堂らしき方のお話によれば、ここは急須の“茶こし”を発案した窯とのこと。展示物の中にはなるほど、古い陶片も見てとれる。陶工の腕を感じる器の軽さ、遊び心の中にも気品に満ちた富三窯の繊細な絵付けは、女性ならずとも心惹かれる美しさだ。
 そこから程近くにある「樹ノ音(きのおと)工房」は、若き夫婦陶工が2001年に創窯した窯元。古い日本家屋をリノベーションした工房内には、白く柔らかな肌合いの粉引きをはじめ、器の表裏に同じ模様が浮き出る伝統技法の“練り込み”など、愛着を誘う新旧モダンな作品が並ぶ。伺えばすぐ近くには、週末だけ営業する直営のカフェギャラリーもあり、作品での珈琲やランチが楽しめるのだという。
 最後に立ち寄った「会津本郷焼展示資料室」は、無料駐車場のある「会津美里町インフォメーションセンター」の2Fにある。ここには町有形文化財の“鬼瓦”をはじめ、会津本郷焼にまつわる貴重な資料が各時代の陶磁器とともに展示されている。隣接してある「窯の美里いわたて」は地域の特産品の他、エリア内に点在する窯元の作品を一堂に集めた物産館だ。工房巡りの前に、好みの作風の窯を探す参考にしてはいかがだろうか。

96瀧の湯客室s.jpg97瀧の湯部屋眺望s.jpg98瀧の湯瀧見の湯s.jpg
100瀧の湯開花亭個室s.jpg101瀧の湯夕食s.jpg102瀧の湯夕食s.jpg104瀧の湯夕食s.jpg
106瀧の湯pjm s.jpg108瀧の湯天寧の湯s.jpg109瀧の湯朝食s.jpg110瀧の湯朝食納豆もちs.jpg

名残の冬と遊ぶ湯里で、
花の面影を探しながら。

 瀧の湯には少々遅めのチェックイン。今夜の部屋は、冷めやらぬアート気分を押し上げる低層ベッドのモダンな和洋室だ。早速、露天風呂「瀧見の湯」に繰り出せば、夕闇の照明にひと足早い春の花舞台よろしく、ヒラヒラと小雪が狭間の季節を教えてくれる。
 今日の晩酌はプライベート感たっぷりの個室で、早春の会席料理を会津高田の梅酒で乾杯。すすめ上手なスタッフの口上で食後はラウンジに移動し、「花心殿」のプロジェクションマッピングを初鑑賞。闇夜に浮かび上がる能舞台と竹林に投影された会津の四季絵巻は、ダイナミックで幻想的なアトラクションだった。
 貸切風呂と呼ぶには広すぎる「天寧の湯」(詳細はこちらのブログを参照)から見える景色も、今はまだ一面の水墨画だ。明かりを落とし連れと二人で絵画のような、その静寂の世界に酔いしれる。
 深い眠りを得た翌朝。地野菜のみずみずしさと、名物の搗きたて餅にまた力を得て、再び早春の会津路へと出発。

03伊佐須美神社03s.jpg02伊佐須美神社02s.jpg05伊佐須美神社05薄墨桜s.jpg
04伊佐須美神社04s.jpg07伊佐須美内菅原神社02s.jpg06伊佐須美神社御朱印s.jpg

試練を超えて佇む古桜に、
命の春を想う古社参詣。

 “会津”の地名は一説では神話時代、大彦命(おおひこのみこと)とその子、建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)が諸国平定の任を終え、この地で合流したことに因むという。「伊佐須美神社」は、この出会いを記念し、国生みと神生みを行った男神の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と女神の伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀ったことから会津文化発祥の地とされる。
 岩代国一ノ宮の「伊佐須美神社」の格式は東北有数。社の周囲には10万株のあやめが咲き誇る「あやめ苑」や桜名所の河川敷公園もあり、人々の憩いの場となっている。
 久々に訪れた社は驚いたことに2008(平成20)年の火事により、本殿をはじめ神楽殿、神饌所が焼失。現在は仮社殿となっていた。全焼を免れた“会津五桜”のひとつ、境内の“薄墨桜(うすずみざくら)”の春を待つ一途な蕾が、一層胸を打つ。
 一日も早い復興を願い参詣を済ませ、社務所に目当ての御朱印を所望。その気さくなお人柄でも慕われる神主さんによる伊佐須美神社の御朱印は、絵文字のようなユニークさでも知られている。境内の一角には学業成就の「菅原神社」の姿も見え、時節柄、びっしりと壁を埋め尽くす真新しい絵馬が人々の祈りを受け止めていた。

95丸長本店07s.jpg92丸長本店05s.jpg93丸長本店06s.jpg94丸長本店02s.jpg

 ところで会津は熊本、長野と並ぶ日本三大馬刺し産地だ。地元名物を求め昼に向かった「肉の丸長本店」は、知る人ぞ知る珍しい“桜ホルモン”の名店!精肉屋が営む店は、希少部位が手軽に楽しめるとあって地元の常連も多い。
 早速、「丸長セット」(950円/ラーメン+選べるミニ丼)と、「桜ホルモン定食」(1000円)を注文すれば、料理が運ばれるやいなや「まずは生で!そのあと軽く炙ってみて」と、自信満々の店主の食指南(笑)。ホルモンを生で?!と、恐る恐る箸を伸ばせば、これが想像以上に柔らかく甘い!もちろん、臭みもゼロ。教わったとおり卓上のロースターで少し炙れば、今度はホルモンのあのプリプリ感が楽しめる!特製の辛味噌と甘ダレでいただく会津流スタイルも、あとを引く絶品だ。ちなみに馬は牛や豚に比べて保菌リスクが低く、国が定めた衛生基準をクリアしていれば生肉での提供ができる。その点、精肉店を営む丸長本店の鮮度と腕は太鼓判!自家製麺のラーメンも、とろける肉厚チャーシューとともに、手を抜かない店のこだわりを感じる美味だった(笑)。
 陶磁器からB級グルメまで(笑)。思えば会津は昔から“人づくり、モノづくり”に熱心な土地柄だ。人がモノを極め、できたモノがまた人を極め上げる。そのせめぎあいによって400年に渡り高みを目指してきた会津本郷焼は、ひと括りにできない奔放な個性こそが、真の魅力だと言える。この地に本格的な桜の季節が訪れる頃、次は仏都のもうひとつの源流である高田地区に、再び会津の心を訪ねてみたい。








posted by aizuaruku at 21:40 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする