2015年11月30日

10月 紅葉の御薬園と背あぶり山・お秀茶屋巡り


会津藩の薬学を担った
学びと癒しの庭、御薬園。

2015年10月某日

41御薬園昔図s.jpg02御薬園s.jpg
41御薬園c重陽閣s.jpg41御薬園d花梨s.jpg41御薬園bプリンセスチチブs.jpg

 日本における薬用植物園の起源は、古く飛鳥時代といわれる。とはいえ規模、分布ともに薬用植物園が最も発達したのは江戸時代。そういえば、徳川家康はかなりの健康オタクで、自ら100種類以上もの生薬を調合していたことでも知られる。
 会津にもこの流れを汲む「御薬園」なる薬用植物園が今も残されている。季節はまさに紅葉シーズン。見事な大名庭園内にあるという薬用植物園は、秋の見所スポットとしても評判だ。
 園に到着したのは、西陽も射し始めた午後。連れの希望で、入口で入園料とお抹茶のセット券(820円)を購入し、はやる気持ちで中へ。(入園料のみは大人320円)
 室町時代、葦名盛久が霊泉が湧き出たこの地に別宅を建てたことに始まる「御薬園」は、四季折々の庭園の景色が、会津の歴代藩主に愛されてきた。気になる紅葉は、青葉の中に目を奪う麗しい赤や黄色が、ところどころで見え隠れしている。どうやらピークの少し手前のようだ。
 薬草を栽培する“標本園”は、9代容保の孫にあたる、秩父宮妃勢津子殿下ゆかりの「重陽閣(ちょうようかく)」(2015.11現在修復中・見学不可)に隣接した場所にある。手入れされた敷地には、二千年の眠りから目覚めた大賀ハスの培養池をはじめ、小ぶりな畝が幾つもつくられ、ドクダミやアザミなどの見慣れた植物に加え、レモンバームやカモミール、フェンネルなどハーブ類の名も見える。冬枯れの季節とはいえ、植物には銘板による効用がそれぞれ記され、眺め歩くだけでも十分に楽しめる。「ホウセンカの効用は魚肉中毒ですって」と、新しい知識に連れも夢中のようだ(笑)。
 藩政時代の薬草栽培地跡をそのまま利用している標本園には現在、会津特産の約200種の生薬を含め、計400種もの薬草が栽培されている。「御薬園」の名は領民を疫病から救うため、2代正経(まさつね)が別荘地だったこの園の一角で薬草を栽培したことに由来する。中でも3代正容(まさかた)が奨励した朝鮮人参の“御種人参(おたねにんじん)”は、日本で初めて清国に輸出されたブランドだったという。
 穏やかな晩秋の光のなか、熟れた花梨の黄色と“プリンセス チチブ”と名付けられた妃殿下ゆかりのバラのピンク色が、鮮やかないのちの息遣いを添えている。会津の薬学の中心であった「御薬園」は今もなお、その瑞々しさを失わない“会津の薬箱”だ。

41御薬園e全景s.jpg10御薬園s.jpg
06御薬園s.jpg03御薬園s.jpg14御薬園楽寿亭s.jpg
16御薬園楽寿亭s.jpg15御薬園楽寿亭s.jpg17御薬園楽寿亭s.jpg18御薬園s.jpg

波乱の歴史の語り部。
城下町が誇る山水庭の風致。

 “心地の池”を取り囲むように広がる大名庭園は、1696年に3代正容が小堀遠州の流れを汲む園匠、目黒浄定を招き築庭させたものだ。控え目な石組や添景物に、形のよい五葉松や赤松、色づいた楓やモミジ、さらに2つの小滝が配された庭は変化に富み、少し歩くだけで面白いように景色が変わる。中でも洲浜を抱いた“女滝”から、中島の「楽寿亭」越しに望む「御茶屋御殿」の佳景は絵になる。水鏡が映し出す紅葉に加勢する夕暮れの斜光は、まさに千変万化の万華鏡そのものだ。「…きれいだなぁ」一睡の夢のようなその情景に、深い溜息が零れる。
 園路を進んだ先には、かつて村人を疫病から救ったという自然湧水の「鶴ヶ清水」が今も満々と水を湛えていた。ここから道は二手に分かれ、一方は池へ突き出た中島に佇む「楽寿亭」へと続く。かつて藩主の納涼や茶席、さらには密議の場としても使用されたというこの小亭は、左右と対岸の双方に立体的な眺めが楽しめる風流な趣向だ。

19御薬園s.jpg21御薬園カメラマンs.jpg20御薬園s.jpg27御薬園s.jpg
30御薬園御茶屋御殿s.jpg32御薬園御茶屋御殿s.jpg34御薬園御茶屋御殿s.jpg
24御薬園s.jpg37御薬園売店s.jpg40御薬園売店のs.jpg40御薬園売店s.jpg

 赤や黄色、オレンジに緑。光が集う南側の園路は目にも鮮やかな楓たちの独壇場(笑)。推定樹齢500年以上という堂々たる高野槙とモミの巨木は、園の歴史を語る翁と婆の夫婦木を思わせる。京都守護職から戻った9代容保が過ごしたという「御茶屋御殿」は、現在は庭を眺めながらお点前が楽しめるお休み処になっている。池のほとりで鯉に餌をやる親子連れの姿を見ながら、名物の胡麻羊羹と抹茶で、ほっと寛ぐひととき。建物の裏手には、江戸時代の薬にまつわる貴重な資料や、御薬園秘伝の薬草茶を扱う展示室を兼ねた売店もあった。
 戊辰戦争の折、この「御薬園」が戦火を免れたのは、皮肉にも新政府軍に治療所として利用されたことによるという。「楽寿亭」や「御茶屋御殿」には今なお、生々しい刀傷が残されている。目の前に広がる静かで穏やかな景色を眺めていると、この地が癒してきたのは、人々の体だけではないことをあらためて思う。新緑、紅葉、雪景色と、「御薬園」は時期を変えて何度も足を運びたい場所だ。

42瀧の湯 川s.jpg44瀧の湯s.jpg46瀧の湯 客室淡雪s.jpg
47瀧の湯 開花亭s.jpg53瀧の湯 夕食s.jpg56瀧の湯 夕食s.jpg
50瀧の湯 夕食s.jpg57瀧の湯 夜露天s.jpg59瀧の湯 朝食s.jpg

いい湯、いい酒、いい肴。
これぞ秋の美味美湯。

 「御薬園」から瀧の湯までは車で数分。ロビーから望む山々も、秋の薄化粧をし始めていた。川を望む和室でひとまず一服すれば、辺りはあっという間の宵闇。秋の日は短い。
 今夜の夕食は小粋なカウンター席だ。地鶏のつみれを楽しんだ後、“にがり”を加え、さらにおぼろ豆腐が楽しめる「庄助あわゆき鍋」は、野菜と鷄の旨みが溶け出した豆乳の滋味が、体も心も温めてくれる。熱いうちに何杯でもおかわり出来るようにという気遣いから、平たい“手塩皿”で提供される郷土料理の“こづゆ”も、人情味豊かな会津人のもてなしを感じるひと皿だ。
 9代容保が京都守護職時代に伝えたという“棒たら”の炊合せに、今夜は銘酒“飛露喜”の蔵元が醸す、純米吟醸無濾過の生原酒“泉川”を合わせてみる。連れがオーダーした“会津ほまれ ゆず酒”も、造り酒屋ならではの純米酒仕立てのまろやかさ。庄助さんがこよなく愛した、地の酒と地の肴に今夜も平伏(笑)。会津に来たらぜひ、湯の恵みとともに豊富な酒の旨さも堪能いただきたい。
 贅沢三昧の締めくくりは、屋上貸切露天風呂「星空の湯」から望む会津の夜景(笑)。ひんやりと肌を刺す冷たい空気に、まもなくやってくる長く白い会津の冬に想いを馳せる。
 翌朝、名物の餅料理をいただきながら「このあたりの紅葉で、おすすめは何処ですか?」と宿の方に尋ねれば「背あぶり山が見頃ですよ」との笑顔。今日の行先が決定だ(笑)。

61せあぶり山s.jpg64せあぶり山s.jpg65せあぶり山おけいから会津s.jpg
68せあぶり山s.jpg70せあぶり山s.jpg71せあぶり山帰路s.jpg

知る人ぞ知る、
背あぶり山の絶景スポット。

 初夏に一度訪れた背あぶり山(詳細はこちらのブログを参照)の山頂までは、瀧の湯から車で約20分。清々しい山の空気にくっきりと浮かび上がる山嶺は、「御薬園」とはまた異なる、おおらかな自然の美しさを教えてくれる。
 「関白平」から見渡す眺望は、まさに紅葉真っ盛り。発光するように艶やかな南斜面の彩りをしばし楽しんだ後、さらなる絶景を求め、アスレチック広場の脇からキャンプ場へと続く「岩杉遊歩道」へと足を延ばしてみることにした。
 山栗やブナの明るい森が続く坂道は、サクサクと小気味よい音を立てる落ち葉の絨毯。さえずりにふと梢を見上げれば、愛らしい山雀の姿も見える。歩きやすく整備された道は、上下左右、周囲の景色を楽しみながら散策できる快適さだ。
 目指す高台の広場までは約10分。ここから見渡す眺めはさらにダイナミックさを増し、雄大な磐梯山と猪苗代湖が一望できる。色とりどりの紅葉を従え、悠々と蒼い水をたたえる湖の姿に、弁当を持参しなかったことを、二人でいまさら後悔(笑)。人影もまばらな「岩杉遊歩道」は、清澄な山の空気と景色を独り占めにできる秘蔵スポットだ。背あぶり山には、この他にも幾つかの自然散策路がある。体力や時間的余裕に合わせ、身近な東山の自然をぜひ楽しんでみてはいかがだろうか。

72お秀茶屋界隈s.jpg72お秀茶屋s.jpg74お秀茶屋界隈s.jpg77お秀茶屋s.jpg
79お秀茶屋s.jpg80お秀茶屋s.jpg78お秀茶屋 手塚跡s.jpg83お秀茶屋 柿どうぞs.jpg

旅立つひとの心を包んだ
素朴なもてなし田楽。

 山を降りた後は、“田楽”で有名な近くの「お秀茶屋」へ。店は東山温泉にも近い“会津いにしえ夢街道”(詳細はこちらのブログを参照)沿いにある。レトロな筒型ポスト(もちろん現役)が立つ店構えは実に気さくな雰囲気だが、創業はなんと延宝年間(1673〜1681)。こちらはまったく気さくではない(笑)。
 藩政時代、“奴郎ヶ前(やろうがまえ)”と呼ばれたこの辺りは藩の刑場で、刑へと向かう咎人を不びんに思った茶屋の老婆“お秀”が、末期の味にと味噌をつけて焼いた餅を与えたのが「お秀茶屋」の始まりだという。店の脇には歴史を物語る供養塔と「奴郎ヶ前地蔵」が、今もひっそりと祀られている。
 白虎隊の隊士や土方歳三も食べたという名物の田楽のお味は…これが実に美味い!注文を受けてから店の入口にある囲炉裏で一本一本炙られ、甘辛い味噌が焼ける香ばしい匂いをぷんぷん漂わせながら運ばれてくる田楽は、使い込まれた竹串にワイルドに刺さった餅や生揚げ、里芋の姿といい、一目でその“美味ぶり”が分かる(笑)。中でも16代目の店主が毎日つきあげるという自家製餅は、パリッと焼けた皮と、ふわふわの中身がクセになる絶品。これまでの田楽のイメージを覆すインパクトと美味さに、オーダーした「田楽」(800円)と胡桃餅(750円)をあっという間にたいらげてしまった(笑)。店にはこの他、各種蕎麦やところ天などのメニューも揃っている。 
 店内の壁にはこの味に惚れ込んだ山下清や山田洋次など、著名人の写真や色紙が田楽と一緒に煙に燻され、味わいを増している(笑)。中には、会津を愛し逗留した手塚治虫の色紙もある。“ご自由におとり下さい”と書かれた店頭の“ころ柿”サービスも、300年変わらぬ茶屋のもてなしを教えてくれる。
 時間をかけてゆっくりと紅葉どころを巡った今回。目にした資料によれば、戊辰戦争後、新政府軍に没収された「御薬園」は、それを憂いた豪商が会津一円に呼びかけた募金によって買い戻され、容保に献上されたという。まさに、会津人の情の深さを知る美談だ。そういえば、ここには昔から伝わる“会津の三泣き”という言葉もある。一度目は会津人の頑固さに泣き、二度目はそこに宿る人情に泣き、そして三度目は別れの辛さに泣くという。会津に見所は多々あれど、この地を旅する本当の醍醐味とは、人とのふれあいにそんな心の景色を見出すことかもしれない。ぬくもりが胸に沁みる、会津の冬もまもなくだ。






紅葉の御薬園と背あぶり山・お秀茶屋巡り 詳細】



御薬園・せあぶり山MAP.jpg


■御薬園(おやくえん)
会津藩御用達の薬草園と歴代の藩公が築いた別荘庭園。鶴ヶ城の東に位置し、中央に“心字の池”を配した回遊式の借景園と、各種薬草を栽培する薬草園が名称の由来。1432(永享4)年、霊泉の湧きだしたこの地に葦名盛久が別荘を建てたのがはじまりとされる。四季折々に花々が咲き誇る美しい景観は1932(昭和7)年、徳川時代の代表的な大名型山水庭園として国の名勝に指定。事前予約による庭園の案内ガイドもある(無料)。
41御薬園e全景.JPG21御薬園カメラマン.JPG

◎重陽閣(ちょうようかく) *修復中にて見学不可(2015.11現在)
9代藩主松平容保の孫にあたる秩父宮妃勢津子殿下が、会津を訪れた際に宿泊した東山温泉の建物を御薬園内に移築した建物。妃殿下は民間人として初めて皇族に嫁いだことでも知られ、婚約の一報が届いた1928(昭和3)年、“朝敵”の汚名をそそげる吉事として、会津は希望に湧いたという。“重陽”の名は、五節句のひとつで妃殿下の誕生日である9月9日にちなみ命名された。
41御薬園c重陽閣.JPG

◎楽寿亭
亀島と呼ばれる池の中島に建てられた数奇屋造の建物。8畳一間の小亭は茶事の他、重臣たちとの密議にも使用された。西側の濡れ縁には新政府軍が気晴らしに斬りつけた刀傷が今も残る。
14御薬園楽寿亭.JPG15御薬園楽寿亭.JPG16御薬園楽寿亭.JPG

[鶴ケ清水の伝説]
むかし、大田谷地と呼ばれたこの辺りに喜助と呼ばれる病弱な男が住んでいた。ある日、朝日保方と呼ばれる白髪の老人が10数羽の鶴が舞い降りるのを見て泉を発見。この水で喜助を介抱したところ喜助の病は全快し、それを見届けるように老人はこの世を去った。喜助は疫病から救ってくれた老人を霊泉のかたわらに手厚く葬り、祠をたてて朝日神社とし、霊泉の泉を“鶴ヶ清水”と名付けたという。

◎御茶屋御殿(おちゃやごてん) 
1696(元禄3)年に建築され、歴代の藩主が愛用した建物。質素を旨とした会津藩らしい静かな佇まいが特徴的。戊辰戦争の際には新政府軍に治療所として利用され、戦闘の舞台にはならなかったものの、建物には新政府軍による数ヶ所の刀傷が残る。

住所/福島県会津若松市花春町8−1
TEL/0242−27−2472
入園料/大人320円 (お抹茶セット付は820円)
開園時間/8:30〜17:00(入園締切は16:30まで)
休園日/無休
駐車場/有
*御薬園は鶴ヶ城から徒歩約15分
30御薬園御茶屋御殿.JPG35御薬園御茶屋御殿.JPG31御薬園御茶屋御殿.JPG

■背あぶり山
会津盆地と猪苗代湖を隔てる山。標高870mの頂上からの眺めは雄大で、会津平野や猪苗代湖をはじめ、北東に磐梯山や吾妻連峰、安達太良連峰、北西に飯豊連峰、南には大戸岳や小野岳が望めることから、会津地方の展望台とも呼ばれている。総面積500haの自然休養林は「日本森林浴の森100選」のひとつで、森の中には遊歩道も整備。山頂付近には展望台、フィールドアスレチック、キャンプ場などもある。“背あぶり”の名は昔、地元の人々がこの山を越えて、行商や山仕事に行く途中、朝は東から上る太陽を、帰りには沈む夕日を背にあびながら家路についたことに由来。

住所/福島県会津若松市東山町石山
TEL/0242-28-0062(背あぶり山レストハウス[現地事務所])
    0242-27-4005(一般財団法人 会津若松観光ビューロー)
営業期間/毎年4月下旬〜11月末日(「背あぶり山」までの県道閉鎖のため) 
70せあぶり山.JPG64せあぶり山.JPG

■お秀茶屋(おひでちゃや) 
東山温泉に向かう街道沿いにある、田楽で有名な腰掛け茶屋。創業は延宝年間(1673〜80)。16代目の店主が特製の味噌を塗り炭火で焼き上げる田楽は自家製の餅をはじめ、生揚、身欠きニシン、こんにゃく(秋は里芋)など4種類。田楽は戦国時代、串に刺して田んぼなどで焼いて食べたのが始まりと言われる素朴な料理。その名も田んぼで食べる楽しみ、に由来している。

住所/福島県会津若松市東山町石山天寧308 
TEL/0242-27-5100
営業時間/10:00〜夕方
定休日/不定休
駐車場/有
72お秀茶屋.JPG77お秀茶屋.JPG80お秀茶屋.JPG







posted by aizuaruku at 17:02 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする